ようやく春めいてきました。
先週末は土日連続でセミナー三昧でした(^^;;
土曜日は「教会と音楽」、そして日曜日は打って変わり純和風の「茶道」。
西洋の荘厳な音楽に包まれた翌日に、続けて日本の伝統文化も体験してくださったお客様もいらっしゃり、充実の週末をお過ごしいただいたようで何よりです(^^)
さて、その茶道。
以前からずっと気になっていた日本の得意技「おもてなし」がテーマです。
「おもてなしを世界へ発信しよう」などと巷で頻繁に聞きますが、はたして「おもてなし」とは何なのか?明確に説明できる日本人がはたしてどれくらい存在するのか?実践できている人に至ってはどうなのでしょうか?
ずっと気になっていたのです。
そんな時に出会ったのが茶道。
恥ずかしながら、私自身は茶道経験皆無。茶道も華道も敷居が高くて、きっと堅苦しいものなんだろうと、ずっと敬遠していたのですが、どうやら先生からお話を聞いてみるとそれは私の偏見と勘違いだとわかりました。これらは表現方法のひとつであって、もっと大切なのはその本質。しかも、茶道には和菓子、掛け軸(書道)、生け花(華道)、着物、茶碗(陶芸)、禅の精神など、日本の伝統文化がすべて集約されている。つまり、茶道を知れば、日本の伝統文化をひと通り学ぶことができそうなのです。
語弊はありますが、こんなに一石二鳥なものはありません!
そんなわけで、茶道セミナー第1回が始まりました!
今回のテーマは「茶道の成り立ちとおもてなしの心」
大河ドラマや時代劇では、よく戦国武将が茶室で密会していて、同時代にかの有名な「千利休」が登場するので、そこが茶道の起源だと思っていましたが、もう少し遡って室町時代がスタートでした。
ここで中学校の復習。
縄文、弥生といった少々原始的な時代を終え、聖徳太子の飛鳥時代、奈良時代、平安時代、そしていい国作ろう(笑)鎌倉時代、その次が室町時代で、その後、織田信長に始まり豊臣秀吉など有名な戦国武将が活躍した安土桃山時代、そして江戸時代へと移り変わる。
その室町がスタート地点でしたが、その頃の茶の湯は上流階級の贅沢文化だったそうです。
それが「ちょっと違うんじゃない?」と「侘び」の要素が入ってきて(わび茶)、千利休によって現在の茶の湯が完成されたとのこと。それまでは完璧なもの(東山文化)、唐物第一主義だったお茶が、もっと庶民にも親しんでもらおうと広められた。「正直で慎み深く、不完全な美(侘び)」。それこそ日本人の心の原点ともいえる要素なのでした。
今でこそ茶道は女性の専売特許のような雰囲気がありますが、女性に普及し始めたのはわずかに第2次世界大戦後から。千利休の時代に庶民に普及された茶の湯が、どこで現在の「敷居の高さ」に変わってしまったのか、ちょっと次回聞いてみようかなと思ってしまいました(^^;;
セミナー会場は、九品仏の静かな住宅地にある茶室。庭、つくばい、にじり口、小間など茶室に必要な要素をすべて備えた本物の茶室にて。そして用意してくださるお茶もお菓子もすべて丁寧に心のこもった品々。「本物志向」が先生のこだわりです。なぜなら、「本物」を知ることで「本物」になれる、近づける、というのが根底にあるからだそうです。
ここでひとつ注意すべきは、「本物」と「高級」は別次元。高ければ良いというものではなく、丁寧で心のこもったものこそが本物、ということですね。これは特権階級(公家)から庶民(下級武士まで)にお茶を広めたその心にも通じます。
さて、せっかく本物を学ぶので、いくらお稽古とは違うと言っても、ルールは尊重します。まず初めに寄付きで白い靴下に履き替えるところから。不浄とは無縁の茶室に入る際に、自らを清めるため、新しい足袋に履き替えるのがルールだそうです。まったく知りませんでした!
そして茶室に入り、先生の講義に参加者全員が真剣に耳を傾ける。メモを取る!写真は私だけ「取材」として許していただき、責任重大!
講義は、茶の湯の歴史について、流派について、お茶の基本(四規)「和敬清寂」について、おもてなしの原点「利休七則」について、「侘びさび」について、「真行草」について…ああ、時間が足りない!しかも後半は庭へ出て実際に「にじり口」から入ってみるという貴重な体験まで!
ドラえもんが押入れに帰っていくような光景だ、なんて不謹慎なことを想像しているようでは、まったく修行が足りません(笑)
なぜにじり口がこんなに小さいのか。それは、武士が刀を持ち込めないようにしてある。茶室は戦いの場ではなく、平和で安全な場所だから、だそうです。
他にも障子の貼り方、壁の色、天井や床の間の素材の違い、書ききれないほど多くの説明をしていただきました。これは一度ですべてを理解するのは無理そうです。言葉ひとつひとつが未経験者には耳慣れないものばかり。質問時間は限られている。やはり、次回に持ち越してまた質問するしかなさそうです(^^;;
今回の講義で私がいちばん印象的だったのが「和敬清寂」。
お茶を嗜んでいる方には至極当然の言葉だそうですが、さて、日本人でこの言葉を知っている人は何%いるでしょうか?さらに、この言葉の意味を説明できる人は?想像するに、おそらくほとんどいないと思います…かく言う私もまったく知りませんでした(^^;;
しかし、ここに「日本人の心」が集約されているわけですね。
- 「和」はみんな仲良く、
- 「敬」は「自分が、自分が」ではなく、自らを慎みお互い敬いあう、
- 「清」は見た目ではなく「心」を清らかに、
- 「寂」はどんな時にも動じない心
亭主側(招待する側)であっても、お客さん側であっても、この心構えで互いが接する。そういう世界が茶の湯なのだそうです。
だから、お客だからと店員に横柄な態度をとったり、高級店だからと一見客を見下したりするようなのは、言語道断。それは本来、日本人の恥ずべき行為なのでしたが、さて、現代はどうでしょうか?
さらに「利休七則」では「おもてなし」の精神を説いていますが、今回は時間が足りず、そこまで踏み込むことができませんでした… 次回へのお預けです!
日本人は本来、精神的に非常に卓越した民族だと思っています。困っている人を助け、弱い者に寄り添い、みんなが協力し合い、非常時にも動揺しない。こういった行動は、古くから受け継がれてきて、学校で教えなくても家庭で十分しつけられてきた行動規範だったと思います。それが現代は多種多様な異文化が流入してきたからか、行き過ぎた資本主義経済のせいなのか、日本人の大切な精神が徐々に失われています。そして当事者の日本人自身がそれに気づいていません。
今回のセミナーを実施するにあたり、ご参加の皆さまは、実はわざわざこれを学ばなくとも、十分その精神を持ち合わせた方ばかりであることに気づきました。逆に「あなたこそ必要でしょ」と思われるような未熟な精神の人たちはこういうセミナーに見向きもしません。おそらく近い将来、日本人の精神性は大きな二極化を迎えるのだろうな、と末恐ろしい気持ちになった次第です。
みんなが茶道の精神を持ち合わせていたならば、日本は、世界は、もっと平和だったろうに。
スマホしながら駅構内を歩いて他のお客さんの妨げになってトラブルを引き起こすような低次元の争いなんてなかっただろうに。
みんなが「自分が、自分が」と自己中心的な行動ばかりせずに、相手への気遣いをしていれば、公共の場でも全員が気持ちよく過ごすことができただろうに。
「本物」を目指すなら、知っておくべき大切な道。
それが茶道。
一人でも多くの方に、茶道という日本文化の集大成を知っていただきたいと切に思った一日でした。
次回は初夏に開催予定。日時が決まり次第すぐにホームページ、Facebook、メルマガで公表しますね!
本物を目指す皆さま、ぜひご参加ください!!
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