百人一首を旅しよう!


『小倉百人一首』の歌枕をたどってみたい…!

ご存知のとおり『小倉百人一首』とは、平安時代に藤原定家が古今集や勅撰和歌集から選定した(当時の)古今最高の100首のこと。

歌枕』とは、和歌の中に詠みこまれた地名のこと。
名所、もしくは国境(くにざかい)が歌枕として選ばれていますが、固有名詞(特定の場所)ではなく、総称のような使い方の地名もあり、候補地が複数あげられるケースもあるようです。

百人一首ゆかりの地をみると、当然ながら畿内、それも都のあった奈良県や京都府がほとんどで、また、地域が特定されない歌も結構多いのです。そのなかで、奈良県・京都府以外を歌に織り込んだものが20首(のべ23首)あります。
 やはり、畿内西方の都に比較的身近だった攝津國や播磨國がある兵庫県が6首(推測されるもの2首を含む)、大阪府が5首(「高師の浜」1首、「住之江」1首、「難波」3首)、滋賀県4首(京都府との境界の「あふ坂」3首、「そま(比叡山延暦寺)」1首)、宮城県2首(松島の「雄島」、「末の松山」)、ほか、福島県(特産品の「みちのくのしのぶもぢずり」)、栃木県(同じく特産「いぶきのさしも草」)、茨城県(常陸國の「筑波嶺」)、神奈川県(鎌倉の浜で「あまの小舟」)、静岡県(昔の「田子の浦」)、島根県(隠岐で「わたの原、あまのつり舟」)、が各1首づつあります。

代表的な歌枕

  1. 雄島(宮城県)
    恋の苦しさを訴える句の歌枕
    第90首
    “見せばやな 雄島の海女の 袖だにも 濡れにぞ濡れし 色は変はらず”   殷富門院大輔
    (つれないあなたに私のこの袖を見せたいものよ。雄島の海人の袖さえ、ひどく濡れても色は変わることはない。それなのに私の袖は、恋焦がれて長す血の涙で紅に色が変わってしまったことよ)

    恋の辛さを訴えている歌。恋愛に多少の辛さはあったりしますが、血の涙を流してしまうなんて。ちょっと気の毒ですね。

    日本三景の松島の中でも、雄島は観光客の少ない場所です。でも、雄島に行かずして松島は語れません。なぜなら、”松島”の由来になった島が雄島だからです。京の鳥羽上皇が松の苗木千本送ったことから、雄島一帯の広まりを松島と呼ぶようになりました。雄島から眺める松島湾の風景は、どこよりも穏やかなんですよ。ゆっくりと絶景を楽しみめる穴場です。20分もあれば一周できてしまうので、島を歩いてみましょう。

  2. 筑波山(茨城県)
    恋慕の情を詠んだ句の歌枕
    第13首
    “筑波嶺(つくばね)の 峰より落つる みなの川  恋ぞつもりて 淵となりぬる”  陽成院
    (筑波山の峯から流れてくるみなの川も、最初は小さなせせらぎほどだがやがては深い淵をつくるように、私の恋もしだいに積もり、今では淵のように深いものとなってしまった)

    光孝天皇の長女、綏子(すいし)内親王に対する恋の歌なんですって。恋愛につきものの、おさえがたい思い。共感できますよね。後に、妃としてお迎えしているからハッピーエンドってことですね。

    朝夕に山肌の色を変えることから、”紫峰(しほう)”と呼ばれる筑波山。そんな筑波山は、伊邪那岐命(イザナギノミコト)を祀る男体山と伊邪那美命(イザナミノミコト)を祀る女体山の2つの峰を持ち、山そのものが神聖な場所として信仰の対象になっていたんです。現在も、パワースポットとして人気。標高が低いことから、気軽に登山を楽しむ人も多いんですよ。あの日本を代表する日本武尊(ヤマトタケルノミコト)も登ったらしいです。山からのパワーをもらいに登ってみましょう。

  3. 田子の浦(静岡県)
    雪の富士山の壮麗さを詠んだ句の歌枕
    第4首
    “田子の浦に うち出でて見れば 白妙(しろたへ)の 富士の高嶺に 雪は降りつつ“   山部赤人
    (田子の浦に出かけて、はるかに見渡すと、真っ白な富士の高嶺が見え、そこに今もしきりに雪が降り積もっている。あぁ、なんと素晴らしい景色なのだろう)

    今も昔も富士山の景色は、人を感動させる力があります。特に、雪を被った富士山は幽玄ですものね。富士山は日本人の心ともいえる偉大な山なのかもしれません。

    田子の浦は、今の静岡県富士市付近の海岸といわれています。駿河湾と富士山という組み合わせは、とても絵になる構図。時代を超えてもその美しさに変りはありません。県営の「ふじのくに田子の浦みなと公園」には、富士山をバックに山部赤人の万葉歌碑が設置されています。富士山の全景を望める絶景スポット。多くの旅人の心を和ましています。赤人の気持ちになって、富士山を愛でてみるのもいいですね。

  4. 吉野(奈良県)
    吉野の雪景色を詠んだ句の歌枕
    第31首
    “朝ぼらけ 有明の月と 見るまでに 吉野の里に 降れる白雪“   坂上是則
    (明け方、空がほのかに明るくなってきた頃、有明の月かと見間違えるほど明るく、吉野の里には白雪が降っていることだよ)

    静寂な吉野の里に、真っ白な雪が降り積もり辺り一面が銀世界になっている様子が伺われる歌ですね。きっと、幻想的な朝を迎えたのでしょう。深い雪に不慣れな都人らしさを感じられます。

    吉野といえば、桜の名所。実は、平安時代からすでに桜の名所だったんですよ。吉野山の谷や尾根を埋める桜は約3万本。4月上旬頃になると、麓から徐々に開花していく様子はそれは見事です。平安の世から愛されているピンクの世界を体験してみては。華やいだ気持ちになれることでしょう。

  5. 天橋立(京都府)
    絶妙の応酬をした句の歌枕
    第60首
    ”大江(おほえ)山 いく野の道の 遠(とほ)ければ まだふみもみず 天の橋立”   小式部内侍
    (大江山を越え、生野を通る丹後への道は遠いので、まだ天橋立の地を踏んだこともありませんし、まだ母からの手紙も見ておりません)

    当時、一流歌人の和泉式部を母に持つ小式部その内侍は年少ながら非常に歌が上手いと評判でした。しかし、あまりに上手なので、母の和泉式部が代作しているのではないかと噂が出るほどでした。小式部内侍が歌合わせに招かれた際に、その疑惑を晴らすためにとっさに詠んだのがこの歌です。掛詞*(かけことば)や縁語⋆(えんご)、それに作者のいる京から大江山、生野、母のいる天の橋立と地名を巧に詠みこんだ歌に、世間の噂は吹っ飛んだ模様。才媛っぷりを見せつけた歌で、スカッとしますね。

    天橋立の名物といえば、”股のぞき”。「傘松公園」は、股のぞき発祥の地なんです。ここからの眺めは、”昇龍観”と呼ばれ、龍が天に昇っていくように見えるんです。とても縁起が良いといわれています。運を掴むため、乙女の恥じらいは捨てて、股から覗いててみましょう。
    ※掛詞…一つの言葉に二つ以上の意味を持たせる技法
    ※縁語…キーワードとなる語を設定し、意味・内容が関連のある言葉を詠みこむ技法

  6. 宇治川(京都府)
    刻々と変化する風景を詠んだ句の歌枕
    第64首
    “朝ぼらけ 宇治の川 霧たえだえに あらはれわたる 瀬々(せぜ)の網代木(あじろぎ)“  権中納言定頼
    (冬の明け方、あたりが徐々に明るくなってくる頃、宇治川の川面にかかる朝霧も薄らいできた。その霧がきれてきたところから、川瀬に打ち込まれた網代木が次第に現れてくることよ)

    早朝、霧に包まれた宇治川の情景が、刻々と変わっていく様子を詠んだ歌です。”網代” は、宇治川の冬の風物詩。 宇治川でしか見られない網代木の列が、徐々に見えてくる様子がきっと風情を感じたのでしょうね。

    宇治川周辺は、平安貴族の別荘が多く立っていた場所。宇治の観光スポットとして有名な「平等院」も平安時代の権力者・藤原道長の別荘だったんですよ。それを道長の子・頼道が寺院に改めたのが平等院です。阿字池に浮かぶ鳳凰堂(阿弥陀堂)は豪華絢爛。古の人々は、阿字池に映る鳳凰堂に極楽浄土を見ていたようです。極楽浄土の世界を覗いてみては。

  7. 天香具山(奈良県)
    初夏の到来を詠んだ句の歌枕
    第2首
    ”春すぎて 夏来にけらし 白妙の 衣ほすてふ 天(あま)の香具山(かぐやま)”   持統天皇
    (夏になると真っ白な衣を干すと言うあの天の香具山に、いつの間にか、春が過ぎて夏がやってきたようですね)

    有能な女帝が、山を見てふっと感じた思いなのでしょうか。いつのまにか春が過ぎているなんて、多忙な毎日を送っていたのでしょう。瑞々しい新緑の山、そして真っ白な衣のコントラストのイメージから、清々しさを感じられる歌ですね。

    藤原京は、中国の都城にならい、日本で初めて建設された都城でした。現在は、太極殿跡に基壇を残すのみ。藤原京の跡には田園風景が広がり、視線を遮るものが一切ありません。広大な史跡に立って、周囲を遠望すると北に耳成山、西に畝傍山、東に天香具山と持統天皇が見たであろう風景を見ることができます。万葉の昔を偲んでみてはいかがですか。

  8. 三笠山(奈良県)
    望郷の思いを詠んだ句の歌枕
    第7首
    “天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に 出でし月かも“   阿倍仲麻呂
    (天を仰いではるか遠くを眺めれば、月が昇っている。あの月は奈良の春日にある、三笠山に昇っていたのと同じ月なのだなあ)

    約30年間、遣唐留学生として中国で過ごしていた作者が、帰国の途中に、月を眺め故郷を懐かしんで詠んだ歌といわれています。けれど、生涯故郷に帰ることはなかったとか。切ない一首ですね。

    奈良公園内にある春日大社は、平城京の守護と国民の繁栄を祈願して創設されました。そんな春日大社の神奈備*が御蓋山なんです。境内は、神域とされる御蓋山一帯。神様の強力なパワーが辺り一面に広がっています。女性が参拝すると、才能が開花して出世運がアップするといわれています。
    ※神奈備…神霊が鎮座する山や森のこと

  9. 初瀬(奈良県)
    祈っても実らぬ恋の心情を詠んだ句の歌枕
    第74首
    ”うかりける 人を初瀬(はつせ)の 山おろしよ はげしかれとは 祈らぬものを”   源利頼朝臣
    (私に冷たくつれないあの人が、私を想ってくれるようにと初瀬の観音様にお祈りをしたのに。まさか初瀬の山おろしよ、お前のように、「より激しく冷淡になれ」とは祈らなかったのに)

    恋愛に効くといわれている観音様に恋の成就をお願いしたのに、恋が実るどころか状況が悪化しまったという歌。神頼みで悪化してしまうなんて、そりゃショックですよね。観音様もちょっぴり意地悪。

    ”初瀬”は、現在の奈良県桜井市の地名です。初瀬にある観音様といえば、長谷寺の十一面観音のこと。観音信仰の霊場として多くの人々が参拝に訪れたお寺です。特に、十一面観音に祈る女性が多く、恋の願掛けをするお寺として有名に。普段は入ることができない本堂ですが、春と夏の間は入ることができます。そして、ご本尊の十一面観音に触れることも可能。女性の願いは叶えてくれるようなので、しっかりとお参りしておきましょう。

  10. 淡路島(兵庫県)
    旅の孤独を詠んだ句の歌枕
    第78首
    “淡路島 かよふ千鳥の 鳴く声に いく夜寝覚めぬ 須磨の関守(せきもり)“   源兼昌
    (寒い冬の夜、淡路島から渡ってくる千鳥の鳴き声に、須磨の関守は幾夜目を覚まさせられたことであろう)

    作者は、冬に須磨の関付近を旅をしていたようです。この頃の須磨は、侘しい土地と思われてみたいです。どうやら、孤独な旅寝の愁いと遠い昔の須磨の関守(関所の番人)とを重ね合わせて歌にしたようです。今は、気楽なひとり旅が人気なんですけどね。

    伊邪那岐(イザナギ)と伊邪那美(イザナミ)の2神が、天に浮く橋の上から、矛で大地の混沌をかき混ぜて島を創ったという国生み神話をご存じですか。日本書記や古事記には、「オノゴロ島」として登場します。淡路島は、オノゴロ島の伝承地ではないかとされているんです。淡路島の北端・岩屋港にある絵島は、まるで2神が大地をかき混ぜた跡のような岩肌の島。ベージュ色の美しいマーブル模様の岩肌は、神懸かり的な光景です。本当に日本発祥の地なのかもって思っちゃいます。

歌に詠まれることで、イメージが確立していった歌枕。現在は、歌枕となっている地名は、観光名所や景勝地となっているところが多いです。歌枕を心の片隅に置いて旅すれば、目の前の風景だけでなく百人一首の世界観に一歩近づけるかもしれません。歌に込められた千年の想いにひたる、ロマンたっぷりの旅に出ませんか?

歌枕のある句 一覧

歌番 作者

現代語訳
都道府県 ゆかりの地
キーワード
2 持統天皇

春すぎて夏来にけらし白妙の 衣ほすてふ天の香具山

もう春は過ぎ去り、いつのまにか夏が来てしまったようですね。香具山には、あんなにたくさんのまっ白な着物が干されているのですから。

奈良 天の香具山
4 山部赤人

田子の浦にうち出でて見れば白妙の 富士の高嶺に雪は降りつつ

田子の浦の海岸に出てみると、雪をかぶったまっ白な富士の山が見事に見えるが、その高い峰には、今もしきりに雪がふり続けている。(あぁ、なんと素晴らしい景色なのだろう)

静岡 田子の浦、
富士の高嶺
7 安倍仲麿

天の原ふりさけ見れば春日なる 三笠の山に出でし月かも

大空を振り仰いで眺めると、美しい月が出ているが、あの月はきっと故郷である春日の三笠の山に出た月と同じ月だろう。(ああ、本当に恋しいことだなあ)

奈良 三笠の山
8 喜撰法師

わが庵は都のたつみしかぞ住む 世をうぢ山と人はいふなり

私の草庵は都の東南にあって、そこで静かにくらしている。しかし世間の人たちは(私が世の中から隠れ)この宇治の山に住んでいるのだと噂しているようだ。

京都 うぢ山(宇治)
10 蝉丸

これやこの行くも帰るも別れては 知るも知らぬもあふ坂の関

これがあの有名な、(東国へ)下って行く人も都へ帰る人も、ここで別れてはまたここで会い、知っている人も知らない人も、またここで出会うという逢坂の関なのだなあ。

京都
滋賀
あふ坂の関
11 参議篁

わたの原八十島かけてこぎ出でぬと 人には告げよあまのつり舟

(篁は)はるか大海原を多くの島々目指して漕ぎ出して行ったと、都にいる親しい人に告げてくれないか、そこの釣舟の漁夫よ。

島根 わたの原
(隠岐の島へ)
12 僧正遍照

天津風雲の通ひ路吹とぢよ
 乙女の姿しばしとどめむ

空吹く風よ、雲の中にあるという(天に通じる)道を吹いて閉じてくれないか。(天に帰っていく)乙女たちの姿を、しばらくここに引き留めておきたいから。

京都 (宮中)
13 陽成院

筑波嶺の峰より落つるみなの川 恋ぞつもりてふちとなりぬる

筑波山の峯から流れてくるみなの川も、(最初は小さなせせらぎほどだが)やがては深い淵をつくるように、私の恋もしだいに積もり、今では淵のように深いものとなってしまった。

茨城 筑波嶺
14 河原左大臣

みちのくのしのぶもぢずりたれゆゑに 乱れそめにしわれならなくに

奥州のしのぶもじずりの乱れ模様のように、私の心も(恋のために)乱れていますが、いったい誰のためにこのように思い乱れているのでしょう。 (きっとあなたの所為に違いありません)

福島 しのぶもぢずり(福島特産品)
16 中納言行平

たち別れいなばの山の峰に生ふる まつとし聞かばいま帰り来む

あなたと別れて(因幡の国へ)行くけれども、稲葉の山の峰に生えている松のように、あなたが待っていると聞いたなら、すぐにも都に帰ってまいりましょう。

兵庫 いなばの山
(須磨稲葉山)
17 在原業平朝臣

ちはやぶる神代も聞かず瀧田川 からくれなゐに水くくるとは

(川面に紅葉が流れていますが)神代の時代にさえこんなことは聞いたことがありません。竜田川一面に紅葉が散りしいて、流れる水を鮮やかな紅の色に染めあげるなどということは。

奈良 龍田川
18 藤原敏行朝臣

住の江の岸による波よるさへや 夢の通い路人目よくらむ

住の江の岸に打ち寄せる波のように (いつもあなたに会いたいのだが)、 どうして夜の夢の中でさえ、あなたは人目をはばかって会ってはくれないのだろう。

大阪 住の江の岸
19 伊勢

難波潟短き葦のふしのまも あはでこの世を過ぐしてよとや

難波潟の入り江に茂っている芦の、短い節と節の間のような短い時間でさえお会いしたいのに、それも叶わず、この世を過していけとおっしゃるのでしょうか。

大阪 難波潟
20 元良親王

わびぬれば今はた同じ難波なる みをつくしてもあはむとぞ思ふ

あなたにお逢いできなくて) このように思いわびて暮らしていると、今はもう身を捨てたのと同じことです。いっそのこと、あの難波のみおつくしのように、この身を捨ててもお会いしたいと思っています。

大阪 難波
24 菅家

このたびは幣もとりあへず手向山 紅葉の錦神のまにまに

今度の旅は急いで発ちましたので、捧げるぬさを用意することも出来ませんでした。しかし、この手向山の美しい紅葉をぬさとして捧げますので、どうかお心のままにお受け取りください。

京都?
奈良?
手向山
25 三条右大臣

名にしおはばあふ坂山のさねかづら 人に知られでくるよしもがな

「逢う」という名の逢坂山、「さ寝」という名のさねかずらが、その名に違わぬのであれば、逢坂山のさねかずらを手繰り寄せるように、あなたのもとにいく方法を知りたいものです。

京都
滋賀
あふ坂山
26 貞信公

小倉山峰のもみぢ葉心あらば 今ひとたびのみゆき待たなむ

小倉山の峰の美しい紅葉の葉よ、もしお前に哀れむ心があるならば、散るのを急がず、もう一度の行幸をお待ち申していてくれないか。

京都 小倉山
27 中納言兼輔

みかの原わきて流るるいづみ川 いつ見きとてか恋しかるらむ

みかの原を湧き出て流れる泉川よ、(その「いつ」という言葉ではないが) その人をいつ見たといっては、恋しく思ってしまう。本当は一度たりとも見たこともないのに。

京都 みかの原、
いづみ川(木津川)
31 坂上是則

朝ぼらけ有明の月と見るまでに 吉野の里に降れる白雪

夜が明ける頃あたりを見てみると、まるで有明の月が照らしているのかと思うほどに、吉野の里には白雪が降り積もっているではないか。

奈良 吉野の里
32 春道列樹

山川に風のかけたるしがらみは 流れもあへぬ紅葉なりけり

山あいの谷川に、風が架け渡したなんとも美しい柵があったのだが、それは (吹き散らされたままに) 流れきれずにいる紅葉であったではないか。

京都
滋賀
『古今集』に「志賀の山ごえにてよめる」とある
34 藤原興風

たれをかも知る人にせむ高砂の 松もむかしの友ならなくに

(友達は次々と亡くなってしまったが) これから誰を友とすればいいのだろう。馴染みあるこの高砂の松でさえ、昔からの友ではないのだから。

兵庫 高砂の松
35 紀貫之

人はいざ心も知らずふるさとは 花ぞむかしの香ににほひける

さて、あなたの心は昔のままであるかどうか分かりません。しかし馴染み深いこの里では、花は昔のままの香りで美しく咲きにおっているではありませんか。(あなたの心も昔のままですよね)

奈良 人(初瀬山の恋人)
42 清原元輔

契りきなかたみに袖をしぼりつつ 末の松山波こさじとは

かたく約束を交わしましたね。互いに涙で濡れた袖をしぼりながら、波があの末の松山を決して越すことがないように、二人の仲も決して変わることはありますまいと。

宮城 末の松山
46 曽禰好忠

由良のとを渡る舟人かぢをたえ ゆくえも知らぬ恋の道かな

由良の海峡を渡る船人が、かいをなくして、行く先も決まらぬままに波間に漂っているように、わたしたちの恋の行方も、どこへ漂っていくのか思い迷っているものだ。

京都 由良の門(と)
47 恵慶法師

八重むぐらしげれる宿のさびしきに 人こそ見えね秋は来にけり

このような、幾重にも雑草の生い茂った宿は荒れて寂しく、人は誰も訪ねてはこないが、ここにも秋だけは訪れるようだ。

京都 宿(河原院)
49 大中臣能宣朝臣

みかきもり衛士のたく火の夜は燃え 昼は消えつつ物をこそ思へ

禁中の御垣を守る衛士のかがり火は、夜は赤々と燃えているが、昼間は消えるようになって、まるで、(夜は情熱に燃え、昼間は思い悩んでいる) わたしの恋の苦しみのようではないか。

京都 御垣守(宮中のガードマン)
51 藤原実方朝臣

かくとだにえやはいぶきのさしも草 さしも知らじな燃ゆる思ひを

これほどまで、あなたを思っているということさえ打ち明けることができずにいるのですから、ましてや伊吹山のさしも草が燃えるように、私の思いもこんなに激しく燃えているとは、あなたは知らないことでしょう。

栃木 伊吹(栃木県)のさしも草
55 大納言公任

瀧の音は絶えて久しくなりぬれど 名こそ流れてなほ聞こえけれ

水の流れが絶えて滝音が聞こえなくなってから、もう長い月日が過ぎてしまったが、(見事な滝であったと) その名は今も伝えられ、よく世間にも知れ渡っていることだ。

京都 瀧(大覚寺の古滝)
58 大弐三位

有馬山ゐなのささ原風ふけば いでそよ人を忘れやはする

有馬山のふもとにある猪名の笹原に風が吹くと、笹の葉がそよそよと鳴りますが、そうです、その音のように、 どうしてあなたを忘れたりするも のでしょうか。

兵庫 有馬山、
猪名の笹原
60 小式部内侍

大江山いく野の道の遠ければ まだふみも見ず天の橋立

(母のいる丹後の国へは) 大江山を越え、生野を通って行かなければならない遠い道なので、まだ天橋立へは行ったことがありません。 (ですから、そこに住む母からの手紙など、まだ見ようはずもありません)

京都 大江山、
天の橋立
61 伊勢大輔

いにしへの奈良の都の八重桜 けふ九重ににほひぬるかな

昔、奈良の都で咲き誇っていた八重桜が、今日はこの宮中で、いっそう美しく咲き誇っているではありませんか。

奈良 奈良の都
62 清少納言

夜をこめて鳥のそらねははかるとも よにあふ坂の関はゆるさじ

夜の明けないうちに、鶏の鳴き声を真似て夜明けたとだまそうとしても、(あの中国の函谷関ならいざ知らず、あなたとわたしの間にある) この逢坂(おおさか)の関は、決して開くことはありません。

京都
滋賀
あふ坂の関
64 権中納言定頼

朝ぼらけ宇治の川霧たえだえに あらはれわたる瀬々の網代木

ほのぼのと夜が明けるころ、宇治川に立ちこめた川霧が切れ切れに晴れてきて、瀬ごとに立っている網代木が次第にあらわれてくる景色は、何ともおもしろいものではないか。

京都 宇治の川霧
66 前大僧正行尊

もろともにあはれと思へ山桜 花よりほかに知る人もなし

私がおまえを愛しむように、おまえも私を愛しいと 思ってくれよ、山桜。 (こんな山奥では) おまえの他には私を知る人は誰もいないのだから。

奈良 山桜(大峰山の桜)
68 三条院

心にもあらでうき世に永らへば 恋しかるべき夜半の月かな

(もはやこの世に望みもないが) 心にもなく、このつらい浮世を生きながらえたなら、さぞかしこの宮中で見た夜の月が恋しく思 い出されることであろうなぁ。

京都 (宮中)
69 能因法師

嵐ふく三室の山のもみじ葉は 瀧田の川の錦なりけり

嵐が吹き散らした三室の山の紅葉の葉が、龍田川 に一面に散っているが、まるで錦の織物のように美しいではないか。

奈良 三室の山、
龍田の川
70 良選法師

さびしさに宿を立ち出でてながむれば いづこも同じ秋の夕暮れ

寂しくて家を出てあたりを眺めてはみたが、この秋の夕暮れの寂しさはどこも同じであるものだ。

京都 宿(大原の僧庵)
71 大納言経信

夕されば門田の稲葉おとづれて 葦のまろやに秋風ぞふく

夕方になると、家の前にある田の稲葉を音をたてて、 葦葺きのそまつな小屋に秋風が吹き訪れることよ。

京都 葦のまろや
(梅津の別荘)
72 祐子内親王家紀伊

音に聞く高師の浜のあだ波は かけじや袖のぬれもこそすれ

評判の高い高師の浜の寄せてはかえす波で、 袖を濡らさないようにしましょう。
(移り気だと、噂の高いあなたに思いをかけて、わたしの袖を濡らさないように)

大阪 高師の浜
73 権中納言匡房

高砂の尾の上の桜さきにけり 外山のかすみ立たずもあらなむ

高砂の峰にも桜の花が咲いたようだから、(その桜を見たいので) 手前の山の霞よ、どうか立たないようにしてくれないか。

兵庫 高砂の尾の上の桜
74 源俊頼朝臣

憂かりける人を初瀬の山おろし はげしかれとは祈らぬものを

私に冷たかった人の心が変わるようにと、初瀬の観音さまにお祈りしたのだが、初瀬の山おろしよ、そのようにあの人の冷たさがいっそう激しくなれとは祈らなかったではないか…

奈良 初瀬の山おろし
78 源兼昌

淡路島かよふ千鳥の鳴く声に いく夜寝ざめぬ須磨の関守

淡路島から通ってくる千鳥の鳴き声に、幾晩目を覚ましたことであろうか、この須磨の関の関守は…。

兵庫 淡路島、
須磨の関守
88 嘉門院別当

難波江の葦のかりねのひとよゆゑ みをつくしてや恋ひわたるべき

難波の入江に生えている、芦を刈った根のひと節ほどの短いひと夜でしたが、わたしはこれからこの身をつくして、あなたに恋しなければならないのでしょうか。

大阪 難波江
90 殷富門院大輔

見せばやな雄島のあまの袖だにも ぬれにぞぬれし色はかはらず

(涙で色が変わってしまった) わたしの袖をあなたにお見せしたいものです。あの雄島の漁夫の袖でさえ、毎日波しぶきに濡れていても、少しも変わらないものなのに。

宮城 雄島(松島)のあま(海女)
92 二条院讃岐

わが袖は潮干に見えぬ沖の石の 人こそ知らねかはく間もなし

わたしの袖は、潮が引いたときも水面に見えない沖にあるあの石のように、人は知らないでしょうが、(恋のために流す涙で) 乾くひまさえありません。

宮城 沖の石
(多賀城市)
93 鎌倉右大臣

世の中は常にもがもななぎさこぐ あまの小舟の綱手かなしも

この世の中はいつまでも変わらないでいてほしいものだ。渚にそって漕いでいる、漁師の小船をひき綱で引いている風情はいいものだからなぁ…

神奈川 あまの小舟
(鎌倉の浜)
94 参議雅経

み吉野の山の秋風さ夜ふけて ふるさと寒く衣打つなり

吉野の山の秋風に、夜もしだいに更けてきて、都があったこの里では、衣をうつ砧(きぬた)の音が寒々と身にしみてくることだ。

奈良 み吉野の山
95 前大僧正慈円

おほけなくうき世の民におほふかな わが立つそまにすみぞめの袖

身のほど知らずと言われるかもしれないが、(この悲しみに満ちた) 世の中の人々の上に、墨染の袖を被いかけよう。 (比叡山に出家したわたしが平穏を願って)

滋賀 わが立つそま(比叡山)
97 権中納言定家

来ぬ人をまつほの浦の夕なぎに 焼くや藻塩の身もこがれつつ

どれほど待っても来ない人を待ち焦がれているのは、松帆の浦の夕凪のころに焼かれる藻塩のように、わが身も恋い焦がれて苦しいものだ。

兵庫 松帆の浦
98 従二位家隆

風そよぐならの小川の夕暮れは みそぎぞ夏のしるしなりける

風がそよそよと楢(なら)の葉を吹きわたるこのならの小川の夕方は、(もうすっかりと秋のような気配だが) 川辺の禊祓(みそぎはらい)を見ると、まだ夏であるのだなぁ。

京都 ならの小川
(御手洗川)
100 順徳院

ももしきや古き軒端のしのぶにも なほあまりあるむかしなりけり

いくら偲んでも偲びきれないことだ。

京都 ももしき(宮中)

 

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